
西法寺寺宝《本堂》

本堂向拝の山号額。
大本山總持寺2世畔
上棋仙禅師揮毫。
明治34年
大本山總持寺2世畔
上棋仙禅師揮毫。
明治34年








横手市街地より国道107号(本荘街道)に抜けて平鹿町に入ると右側に平成高校があり、すぐ右折すると田園のかなたに要項を浴びて銀色に輝く伽藍が目に入る。西法寺であり、中世に横手城の抑えの城として幾度も戦乱に巻きこまれた平城、吉田城(西法寺館)の入口でもある。
本堂は昭和23年、ドンパン節で一世を風靡した円満蔵こと宮大工高橋市蔵の弟子の彫刻師福山三八郎による丁寧な向拝の龍の作品、瀟酒な高欄付回廊に囲まれた本堂である。
山号額「吉祥山」は大本山總持寺独住二世畔神楳仙禅師が明治34年、72歳の折、揮毫されたものである。本堂の大間と内陣には湯田町出身の日本画家木村秀峰によって清楚な天井画が荘厳されたいた。
本堂は昭和23年、ドンパン節で一世を風靡した円満蔵こと宮大工高橋市蔵の弟子の彫刻師福山三八郎による丁寧な向拝の龍の作品、瀟酒な高欄付回廊に囲まれた本堂である。
山号額「吉祥山」は大本山總持寺独住二世畔神楳仙禅師が明治34年、72歳の折、揮毫されたものである。本堂の大間と内陣には湯田町出身の日本画家木村秀峰によって清楚な天井画が荘厳されたいた。



